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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2210号 判決

控訴人 株式会社白鳳ビルディング

右代表者代表取締役 宮坂五一郎

右訴訟代理人弁護士 浅野哲夫

同 伊藤廣幸

被控訴人 鳥沢晃

右訴訟代理人弁護士 深田鎮雄

同 和田敏夫

同 石渡光一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金六二五万円及びこれに対する昭和四八年五月三一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の事実上の主張は、控訴人において次のとおり主張を補足したほかは原判決事実掲示中「当事者の主張」欄記載のとおり(ただし、次のとおり訂正する。)であるからここにこれを引用する。

イ  原判決事実摘示中「当事者の主張」欄記載の訂正

1  原判決二枚目表九行目の初字「2」に続く「原告は、」から同行中「渡辺清との間で、」までを「被控訴人は右同日訴外渡辺清を代理人として控訴人との間で、」と改める。

2  同二枚目裏四行目中「被告に」とあるのを「渡辺清に」と改める。

ロ  控訴人の補足した主張

(一)  原裁判所は原審における証人渡辺清の証言を採用し、これにより本件の向背を決定する重要な徴ひょう事実を認定し、他の証拠とあわせて、結局渡辺が東京テレビ動画株式会社(以下単に東京テレビ動画という。)を主債務者とする控訴人からの借入金債務につき被控訴人が連帯保証をする旨の契約(以下本件連帯保証契約)の締結に関して被控訴人を代理する権限が付与されていなかったという事実を認定した。

しかし、原審における右証人の尋問は被控訴人側の主尋問は実施されたが、控訴人側の反対尋問は遂に実施することができなかったのであって、当事者に反対尋問の機会の与えられない証人の証言は原則として証拠力がないと解すべく、このような証言によって訴訟の向背を決する事実認定を行うのは採証の手続に違法があるといわなければならない。

(二)  被控訴人は本件連帯保証契約の締結を承諾していた。

すなわち、被控訴人は昭和四七年三月一四日東京都民銀行に対して被控訴人所有の町田市高ヶ坂字一一号一四五〇番の一一宅地二五九坪一合六勺(以下単に本件土地ともいう。)を担保に提供し、同年七月一六日新潟相互銀行に対して同じく被控訴人所有の本件土地を担保に提供した。そうして、新潟相互銀行は本件土地に対して任意競売の申立をし、昭和四八年二月六日その旨の登記がなされたのであって、仮に被控訴人が右両債権者に対する担保提供の事実を知らなかったとしても新潟相互銀行から任意競売の申立がなされた時点においては被控訴人は右各担保提供による抵当権設定の事実を覚知したはずであるから、その後は自己の登録印鑑の管理に意を払ったことは見易いところである。控訴人は新潟相互銀行の右任意競売の申立があったときから約三か月後の昭和四八年五月二一日東京テレビ動画の代表取締役渡辺清の申入れにより被控訴人の連帯保証のもとに同会社に対し同日金六二五万円を貸し渡した(以下本件貸付金ともいう。)のであるが、その借用証(甲第一号証)の連帯保証人欄に記載された被控訴人の氏名の下に顕出された印影が被控訴人の登録印鑑を押して顕出されたものであることは被控訴人の印鑑登録票謄本(甲第二号証)に照らして疑いがない。かようなしだいで、被控訴人は渡辺が控訴人から本件金員を借り受けたことを知悉したうえで、連帯保証人となることを承諾したものであることは明らかである。

(三)  仮りに被控訴人が本件貸金につき連帯保証を承諾していなかったとしても、被控訴人は前記のように二回にわたり本件土地につき抵当権の設定並びに登記をするに際しその旨の代理権を渡辺に付与し、更に渡辺に対して東京都民銀行の抵当権設定登記の抹消登記手続を行う代理権を付与した。そうして、渡辺はその代理権の範囲を越えて被控訴人の代理人として本件連帯保証契約を締結したが、渡辺が二回にわたり被控訴人の代理人として本件土地につき抵当権の設定をしたことと本件金員を貸し渡すに際し渡辺は本件土地の権利証を控訴人に差入れ、そのころ被控訴人の登録印鑑についての印鑑証明書を控訴人に交付したこと等によって控訴人は渡辺に本件連帯保証の代理権があると信じたのであり、控訴人がこのように信ずるについて正当な事由がある。

三  ≪証拠関係省略≫

理由

一  ≪証拠省略≫を総合すれば、控訴人が昭和四八年五月二一日ころ訴外東京テレビ動画株式会社(以下「東京テレビ動画」という。その代表取締役は訴外渡辺清)に対し金六二五万円を返済期日同月三〇日の約定で貸し渡したことを認めることができ、この認定を妨げる証拠はない。

二  控訴人は、被控訴人は渡辺清を代理人として東京テレビ動画の右債務の連帯保証を承諾したと主張するので、これにつき考察する。

(一)  ≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実を認定することができる。

1  東京テレビ動画は昭和四八年四月控訴会社から同会社所有のビルの一室を賃借し、ここを事務所として営業を行っていたが、右賃借のころから既に営業資金の調達に追われていた。東京テレビ動画は同年五月二一日ころ支払期日のさし迫った手形の決済資金の調達に苦慮した結果控訴会社に対し融資の申込をすることとした。

2  そうして、右会社代表者の渡辺が右同日控訴会社代表者の宮坂に対し六〇〇万円を短期で借り入れたい旨を申し入れたところ宮坂は確実な担保の提供を条件として右の貸付を承諾した。そこで渡辺はたまたま東京テレビ動画の右会社事務所で同人が保管していた被控訴人所有の本件土地及び同人の妻のトリサワキクコ(被控訴人及びキクコと渡辺との身分関係は後記のとおり)所有の居宅(町田市原町田二丁目一四五〇番地七所在)の登記済権利証を宮坂にみせて、これらの土地、建物に抵当権を設定する旨を約束してこの権利証を宮坂に差し入れ、かつ渡辺個人が連帯保証をするほかに右担保物件の所有者の被控訴人を連帯保証人に立てることを約束した。

ところが、渡辺は右のように約束したものの被控訴人から実印を預かっておらず、また抵当権設定登記申請に必要な委任状、印鑑証明書等の書類もなかったので、連帯保証人としての被控訴人の調印、右登記申請に必要な被控訴人の委任状等の書類の交付は後日必ず履行する旨を申し述べ、宮坂を信用させて貸付元金を六二五万円とし、連帯保証人として渡辺個人及び東京テレビ動画の役員栗原仙潤の記名押印のある借用証書を作成して差入れたうえ、同日宮坂から本件貸付金の貸渡しを受けた。

3  被控訴人は東京テレビ動画ないし渡辺の本件貸付金の借入れについてはまったく知らず、渡辺から本件貸付金債務につき連帯保証人となってもらいたいという相談を受けたこともなかった。

被控訴人の妻キクコは同女の子供(連れ子)が渡辺の妻となっていた関係上東京テレビ動画が控訴会社から本件貸付を受ける以前にも新潟相互銀行、東京都民銀行等から金員を借り入れるにあたり被控訴人に内緒で、同人所有の本件土地等の権利証及び被控訴人の実印、キクコ所有の前記建物の権利証及び同人の実印等を渡辺に貸し与えて同人の事業を援助してきたところ、渡辺は本件貸付金の貸渡しを受けた後キクコに懇請してやはり被控訴人の承諾なしに同人の実印を借り出し、甲第一号証の借用証書中連帯保証人の肩書のある被控訴人の氏名の記載の下に右実印を押してその印影を顕出し、右実印の印鑑登録票の下付を受け、これらの書類を同月二八日ころに控訴会社の担当者に渡し、前の借用証書と差し替えた。

しかし、渡辺は右土地建物につき抵当権設定登記に必要な被控訴人らの委任状などの書類は控訴会社側の再三の要求があったが、これを差入れることをせず、この登記は遂になされなかった。

以上の事実を認定することができる。≪証拠省略≫中右認定に反する供述は信用できず、また≪証拠省略≫中に、渡辺清が東京テレビ動画の代表者として昭和四八年五月二一日に控訴人から本件の金員を借受けた際に、右渡辺がその場から被控訴人に電話をして、右貸金の連帯保証人になることにつき被控訴人の承諾をえたとの部分があるが、これは≪証拠省略≫に照し採用しえない。その他に右認定を妨げるに足りる証拠はない。

(二)  控訴人は原審証人渡辺清の尋問に際し控訴人側の反対尋問を行う機会が与えられなかったのに同証言を採用して事実認定を行うのは違法であると主張するので判断するに、一般に証人若しくは当事者本人に対する反対尋問は証人若しくは本人の供述の客観性及び真実性(信用性)を担保するために行われるものであるが、この尋問が行われなかったからといって証言若しくは供述の信ぴょう性が皆無であるというべきものではなく、この証言若しくは供述を信用するかどうかは裁判官の自由な心証により決定されるのであって、その証人若しくは当事者本人につき反対尋問が行われたかどうかはこれらの者の供述に信用を置くことができるかどうかを判断する際の事情として考慮されるにとどまる。本件記録に徴すれば、原審証人渡辺清が期日に不出頭のため、これに対して控訴人側の反対尋問が行われる機会がなかったことがうかがわれるが、このことにより同証人の証言中信用するに足りると認めるべき供述部分までも証拠から排除されるものではなく、控訴人の上掲主張は採用できない。

(三)  ≪証拠省略≫によれば、被控訴人所有の本件土地はもう一筆の同人所有の土地とともに、債権者株式会社新潟相互銀行、債務者東京テレビ動画間の昭和四五年八月一三日付元本極度額三〇〇〇万円の相互銀行取引契約に基づく東京テレビ動画の債務の担保のため昭和四六年七月一四日根抵当権の設定契約がなされたものとし(この設定契約は被控訴人の承諾にもとづくものでないことは後述する。)、同月一六日その旨の登記が経由されたこと、新潟相互銀行が右根抵当権に基づき被控訴人所有の右土地につき競売の申立をし、昭和四八年二月五日競売開始決定がなされたことが認められる。そして、≪証拠省略≫によると、被控訴人は右競売申立の通知をうけて驚愕したが、その後も実印や権利証などの保管について特に意を用いることをしなかったことが認められる。このように実印や権利証などの保管について被控訴人に不注意の点はあったが、右のような事実があったからといって、前記認定を動かし、被控訴人が本件連帯保証を承諾した証左とするには足りない。

(四)  前記(一)の各認定事実に基づき判断するに、渡辺は、前記一に認定の貸金について被控訴人を連帯保証人に立てることを承諾したが、被控訴人の代理人として連帯保証をする旨約したのではない。また渡辺は前掲甲第一号証の末尾の連帯保証人の欄に被控訴人をして署名捺印をさせることを約したが、それをえることができなかったため自ら被控訴人の氏名を記載し、さきに被控訴人の妻キクコから借り出した被控訴人の実印をその名下に押印したのであって、これも代理行為の形式をとっていない。結局渡辺がした前記連帯保証契約について被控訴人の代理人としての行為(代理行為)は存しないといわなければならない。

のみならず、渡辺の右連帯保証契約の締結につき被控訴人は承諾を与えたことがないのである。

従って、控訴人の上掲主張は理由がないから採用できない。

三  ≪証拠省略≫によれば、被控訴人所有の前記土地につき前記新潟相互銀行に対し根抵当権の設定並びにその登記がなされたほか、株式会社東京都民銀行に対し、東京テレビ動画が同銀行との間で締結した昭和四七年三月六日付の債権極度額五〇〇万円(後にこの極度額は七〇〇万円に増額された。)とする銀行取引契約に基づく東京テレビ動画の債務の担保として同日右土地につき根抵当権を設定したものとし、同月一四日その旨の登記が経由されたことを認めることができるが、本件全証拠を通じてみても、右各根抵当権の設定につき被控訴人が渡辺に代理権を付与し、これに基づき同人が被控訴人を代理して右設定契約を結んだことを認めるに足る証拠はない。かえって、≪証拠省略≫を総合すれば、右各根抵当権の設定並びに登記につき被控訴人は渡辺に対しこれを承諾したことがなく、その代理権を与えたことがないことを認定することができる。

また控訴人は、被控訴人が東京都民銀行に対する右根抵当権設定登記の抹消登記手続をすることを渡辺清に委任し、同人にその代理権を与えたと主張するが、この点に関する≪証拠省略≫は≪証拠省略≫に照して採用しえず、他にそのような事実を認めるに足りる証拠はない。のみならずこのような行為の代理権は民法第一一〇条にいう基本代理権となり得ないものであり、また右行為の性質に照らしてこれが私法上の取引の一環としてなされたものと考えることができない。

以上のほかに渡辺が被控訴人からなんらかの代理権を付与されていたことを認める証拠はない。従って、渡辺の前記行為について民法第一一〇条の適用があるという控訴人の主張はその余の点につき判断するまでもなく理由がないことが明らかである。

四  以上説示のとおり、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却すべきである。これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。

よって、民事訴訟法第三八四条に従い本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき同法第九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松永信和 裁判官 間中彦次 糟谷忠男)

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